節分の本当の意味は?鬼は外、福は内の真の意味は?

節分と言えば、

『豆をまいて、悪い鬼を外に追い出すために行う』

と考えている人も多いのではないでしょうか?

確かに、悪い鬼を退治するという意味で使われていることもあります。

それも確かに正しい意味なのですが、

『節分の本当の意味』

は、もっと別のところにあるのです。

そこで、今回は、

『節分の本当の意味とは何なのか?』

これについて、紹介していきたいと思います。

本当はかなり深い意味があるので、ぜひ参考にしてみてください。

目次

鬼は外、福は内というのは全く別の意味があった

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よく、節分で言われているのが、

『鬼は外、福は内』

だと思います。

これは、悪い鬼を退治して追い出すという意味で捉えられていることが多いのですが、

『実は、全く別の意味がある』

ものなのです。

鬼とは、自分の雑念

鬼と表現されていますが、この鬼と言われるものは、

『本当の鬼を表すものではない』

ということを、知っているでしょうか?

実際にも、

『鬼の面を被って豆まきをしている』

ことから、あまり知らない人も多いかと思います。

この鬼の、別にある本当の意味、それは、

『自分が抱いている雑念』

のことを指しているのです。

鬼とは別の意味で、

『邪鬼』

つまり、邪気を表していると言います。

この邪気を言い換えると、

『邪念』

となり、これが転じて、

『雑念』

となるのです。

この雑念を振り払うために、

『鬼は外』

といって、穀霊(こくれい)という英霊が宿る豆を、

『外にまいている』

というのが、本当の『鬼は外』の意味になります。

これは、別の意味で、

『自分の稼ぎだけを見ていると、いつまでも成長することはできない』

ということにもなります。

雑念、つまり欲を振り切って人として正しい道を生きるために、節分という、

『季節の変わり目』

に、自分自身を戒めているのです。

まず、節分の豆まきをする上で、心掛けておくことは、

『自分の雑念を外に追い出す』

これを意識しておくことなのです。

福とは、自分の命そのもの

次に、

『福は内』

の本当の意味について、紹介していきます。

福は内というのは、一般的には、

『福を招き入れる』

という意味合いで使われることが、ほとんどではないでしょうか?

確かに、それも正しい使い方であることに間違いはありません。

実際、豆まきの正しい手順でも、

『奥の部屋から鬼を追い出し、最後に福だけ入れるようにする』

というものがあります。

節分と言う節目の時期に、改めて悪い気を出し、福を招き入れるということです。

ですが、福を表す、別にある本当の意味、それは、

『自分の命そのもの』

という考えです。

正確には、

『永遠の命・至福の心』

そして、

『内なる神』

という意味になります。

ここで言うところの神様とは、

『日本にいる八百万の神々』

のことではありません。

命という意味があるように、

『自分自身』

のことを表しています。

自分にとっての本当の神様、

『福』

とは、己自身であり、これに気づくことでようやく、

『福来り』

という意味になるのです。

神様を信じる心は、とても尊く、立派なものですが、

『本当の神様は、自分のすぐ近くにいる』

ものであり、豆まきの福は内は、

『本当に大切なものは、いつもすぐ近くにある』

ことを気づかせるためという意味に、この場合はなります。

『鬼は外、福は内』は心の在り方を説いている

これまで紹介したように、

『鬼は外、福は内』

という意味は、それぞれ、

『自分の雑念や欲を追い出し、本当に大切な命に気づくこと』

という意味があります。

ですが、これはあくまで気付くきっかけに過ぎません。

節分の豆まきで、そのことに気づけても、時が経てばそのことを忘れてしまうのです。

「1度知ったら、忘れないよ。」

と思う人も当然いるでしょう。

ですが、人はどんなに大事なことでも、

『必ず、1度は忘れてしまう生き物』

なのです。

もし、本当に大切なことをいつまでも忘れずにいるなら、

『そもそも過ちを犯す人はいなくなる』

のが、当然の考えではないでしょうか?

ですが、日ごろの喧騒にかまけて、人はすぐに大切なことを忘れてしまうのです。

これは別に、恥じることではなく、

『ある意味、人として当然のこと』

だと言えます。

だから、節分という節目に思い出す機会を、昔の人は、設け続けたとも言われているのです。

節分は、

『自分にとって、本当に大切なことを思い出すためのもの』

ということを忘れずに、豆まきをしてみてはいかがでしょうか?

節分の本当の意味は人それぞれ

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節分の本当の意味について、紹介してきました。

これまでの内容が、古くから伝わっている、節分の本当の意味合いとされています。

ですが、これは数ある意味の1つに過ぎないのも、また事実なのです。

節分に限らず、

『物事の本当の意味を、知りたいと考えている人』

は大勢いるでしょう。

ですが、物事に対する本当の意味とは、

『その時代ごとに、大きく変化するもの』

だと、知っておいたほうがよいです。

節分にまつわる話は、どれも本当の意味を持つ

ここでは、節分を例に出して紹介しますが、

『節分にまつわる様々な話は、どれも本当の意味を持つもの』

と言えます。

先程紹介した、

『節分は、己の雑念を追い出し、本当に大切なものを思い出すため』

というのも、節分の本当の意味なのですが、他にも、

『毘沙門天の神様に、人が命じられて鬼を追い出した』

というのも、その当時、話を聞いた人からすれば本当の意味となります。

他にも、

鬼は、『穏』という文字が転じて生まれたものであり、

『この世のものではない』

という意味、つまり邪気としての意味を持ったもので、

『これを退治することが、節分の本当の意味』

としている人もいます。

また、東京にある浅草寺では、

『観音様』

が祀られていますが、節分で豆まきをする際に、

『観音様の前には、鬼はいない』

と言われ、鬼は外・福は内を使わず、

『千秋万歳、福は内』

ということ、つまり、

『長寿を祝う』

ことが、本当の意味として捉えられています。

他にも、

『福は内、鬼は内』

というふうに、

『鬼は悪い奴だけでなく、良い鬼もいる』

という意味が、本当だと信じている地域もあるため、ここでは、

『鬼と福が、両方家にいる状態』

になっています。

節分にまつわる本当の意味は豆まきだけではない

節分にまつわる本当の意味は、何も、豆まき繋がりだけではありません。

今では、全国的に有名になった、

『恵方巻』

にしても、七福を7つの具材に見立てて、無言で一気に食べれば、

『福を全て、体に取り込むことができる』

とされており、これが節分の本当の意味と考えている人もいます。

また、京都では、

『いわし』

を節分に食べる風習が未だに残っています。

これは、いわしが、

  • 弱し
  • 卑し

 

という、弱くて卑しいものとして捉えられていることから、

『いわしを食べれば、弱くて卑しい陰の気が消える』

と信じられたていたからこそ、今でも節分の文化として残っているのです。

それに加えて、京都の節分では、

『鬼の侵入を防ぐため』

いわしに尖った柊の枝を刺して玄関に飾る、

『柊鰯(ひいらぎいわし)』

というものがあり、これは侵入してきた鬼の目を刺すと信じられています。

これは、他の名前で、

  • 節分鰯
  • 焼嗅(やいかがし)

 

とも呼ばれ、焼嗅は西日本でよく呼ばれています。

柊といわしを使うのは、古来から魔除けには、

『とがったものや、臭いもの』

を使った方が、効果があると信じられているからです。

信じる者がいる限り、それは本当の意味になり得る

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節分の様々な意味を紹介しましたが、1つだけ言えるのは、

『信じる者がいる限り、全ての意味は本当になる』

ということです。

人それぞれ、様々な解釈があるのは当然であり、

『何を信じるかで本当の意味は決まってくる』

と言えます。

後は、信じた意味がどれだけ周囲に広まるかどうかだけです。

その為、今、あなたが信じている節分の意味は、

『あなただけの本当の意味』

となります。

その気持ちを忘れずに、節分を楽しんでみましょう。

まとめ

『節分の本当の意味とは、一体何なのか?』、いかがでしたか?

今回のまとめとしては、

『節分に限らず、信じたことが本当の意味になる』

ということが言えるでしょう。

今回は、節分に限って紹介していますが、何度も言うように、

『信じた意味が、本当の意味』

だということを、覚えておいてください。

これが、

『あなただけの本当の意味を見つける』

ための、唯一の方法になります。

自分が信じる、

『節分の、本当の意味』

を、これから見つけてみてはいかがでしょうか?

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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